「シノプシス」
父の所有する空家で撮影予定のゾンビ映画。
カメラを担当する田中君は、仕事の都合で平日しか参加できず。
会社員の私が有給休暇を取るにしても、撮影日数はごく限られる。
せっかく一緒にやるのだから大作に仕上げたい、
という田中君の意見は理解できる。
とは言え無茶な計画を立て、
結局頓挫してしまっては元も子もない。
こりゃ、15分程度のビデオ撮り作品ってとこだな。
手を抜かず見せ場をたっぷり盛り込めば、
15分でも十分面白く出来る。
基本的には、私扮するヒーローが大活躍出来れば、
とりあえず満足なのだ。私は。
これを将来の大作への試金石とすれば良い!
最終的には田中君もその線で納得せざるを得ないだろう。
私はそう踏んでいた。
ある日、私宛に一通の書簡が届いた。
中には分厚い紙束が畳み込まれている。
差出人は田中君。
新作のシノプシスだった。
(まだパソコンも携帯も本格的に普及する以前のお話)
A4サイズの用紙3枚に細かいワープロ文字がギッシリ。
その他に説明の手紙が添えられている。
私が一向に企画を進めないので、
しびれを切らし、自分で書いてしまったらしい。
ムムム、これは越権行為なのでは?
若干ムカっときたものの、手紙には、
「何もこれに決定せい!と言ってる訳ではない。
そちらの意見を立ててゆくつもりなので、
あくまでも参考までに」
とある。
なるほど。まあ、そういうことなら、読んでやるか。
一気に読み終え、
私はしばし呆然とし、力なく笑った。
その内容、
基本的には私の書いたストーリーにほぼ沿っていた。
夏の間ディスカッションを重ねた中で出て来たアイデアなども、
ちゃんと盛り込まれている。
逆に会議で言及されなかった部分は、
未定のまま。
ラストシーンも書かれていない。
まず引っ掛かった点。
ゾンビ発生の理由、
というか死者が蘇生するメカニズムに一切触れていない。
私の原案では、霊能者が悪霊に憑依されてゾンビ状態になり、
噛み殺された人間にも呪いが感染、ゾンビ化、となっていた。
田中君の案では、霊能者のお祈りで悪霊が目覚め、
その悪霊に殺された人間は当たり前のように甦ってくる。
「どうも、甦りました」
って感じ。
全体に理詰めな展開なので、
これだと、「何で甦った?」
という純粋な疑問が生じる。
まあ、些細な事ではある。
まだシノプシスの段階なのだから。
じゃあ、この田中案、一体何が問題なのか?
長いのである。
大作なのだ。
これを基に脚本を起こしたら、
おそらく1時間超の作品になるのでは?
舞台となる家も広い。
イメージとしては洋館。
私扮する主人公は、
広い屋敷の中を、1階から2階へ、
更には地下室へと、
自由自在に走り回る。
実際に舞台となる空家は、
純和風、2DKの木造平屋。
2階も地下室も無し。
地下室のシーンを入れようと言い出したのは実は私だが、
「狭い車庫があるので、その一角を地下室に見立てよう」
と言ったのは彼の耳に届いていなかったようだ。
このシノプシスでは、クライマックスなど、
重要な場面の舞台がほぼ地下室になってしまっている。
さすがに無理だろう。
この田中案、
いろんなホラー映画の面白い場面を思い浮かべながら、
楽しんで書いた、
そんな印象を受けた。
こんな映画を作りたい、
という彼の想いが込められていた。
ああ、なんて自由な奴なんだろう。
撮影日数は述べ20~30日といったところかな。
大勢の役者さんを長期間拘束しなけりゃならんな。
はははは・・・・・
無理。
我々二人のスケジュールすら数日しか合わせられないのに。
そもそもこういう自由なもので良いんなら、
私が自分でとっくに書けてたんじゃない?
ずるいじゃん。楽しい作業だけ勝手に先走って。
私は悩み事担当?
私はひと息ついて冷静になると、
自室のベッドの上に腹ばいになり、
しばしボーっとした後、
おもむろに返信の手紙を書き始めた。
まず、撮影日程など現実的な問題が解決されていないことを指摘。
更に建物の構造上、実現不可能である旨、
家の見取り図を添えて説明した。
そして、対案として、現状で実現可能な規模の作品、
つまり、登場人物を絞り込み、
一週間程度で撮り切れる短い内容のシノプシスを書き上げ同封した。
けっこうアッサリと書けた。
私の新案では、登場人物が全員揃うような場面を減らすなど、
スケジュールが調整しやすくなるよう工夫した。
またゾンビに特殊な能力を設定し、
少ない人数でも派手な闘いに見えるようにした。
特殊効果を要する場面も、
後で完全別撮りに出来るようにした。
ただ、書き始めると、私でもやはり話が膨らんでしまい、
まあ、ギリギリ20分に収まるかな、
という程度の規模にはなってしまった。
またこの対案では、
田中案の内容も全く無視はせず、
ある程度は踏まえておいたので、
これなら彼も恐らく納得してくれるのではないかな?
私は仕上がった原稿に説明の手紙を添え、
田中君宛に発送した。
具体的に作品の全体像がつかめて、
結果的には大変満足だった。
これも田中君が先走ってくれたおかげである。
最初彼の原稿を受け取ったときには、
「こっちがスケジュールとかの事務的なことで悩んでんのに、
楽しい作業だけ持っていきやがって」
などと、少々腹も立てたが、
結果的にはメデタシメデタシ。
実現可能なシノプシスが完成しちゃったじゃん。
はっ・・・・・、
奴め、ひょっとして・・・・・
最初から私を奮起させるのが狙いだったのか?
・・・・・ふっ、
ふっふっふっ、
はっはっはっはっ!
そうか、そういうことだったのか!
まんまと引っ掛かったわけだ。
まあ良かった。
やはり持つべきものは友達である。
数日後、田中君から電話で連絡があった。
「この前のシノプシス、完全に私のフライングでした」
開口一番、彼は自分の非を認めた。
何言ってんだか。
君の魂胆はちゃんとお見通しさ。
私を奮起させようと画策しただけ。
ちゃんと判ってるよ。
おかげで、
実現可能な、
素晴らしく、
完璧で、
非の打ち所の無いシノプシスが完成した。
ま、書かされた、というべきかな。
「それから新しいシノプシスも読みました」
うんうん、気に入ったと言うんだろう。
皆まで言うな
判ってるから。
「あの内容じゃ、ちょっと・・・・・」
うんうん、
・・・・・・・・・・
ん?
翌日、田中君から新たな原稿が郵送されてきた。
それは、私の案を踏まえた上で、
作品の規模を大作化した新案だった。
膨らませてどうするのだ!
せっかく苦労して縮めたのに!
私は再び脱力した。
そして頭の中は、
奥菜恵のことなどで一杯になってゆくのだった。
※後年この作品として完成↓(2021年5月追記)